地球温暖化による自然災害の頻発や激甚化が世界に広がり、国際情勢の緊張が続くなか、先々の見通しはますます困難になっています。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し、私たちは新たなルールや生活様式の受け入れを余儀なくされました。
これまでも、これからも、このような時代の変化とともに、豊かな暮らしに向けて価値を創出することが三越伊勢丹グループの使命だと考えています。人々の暮らし方と価値観が大きく変わる今こそを成長機会と捉え、お客さまの要望に真に寄り添うことのできる新たなビジネスモデルへの転換を果たします。
豊かな未来と持続可能な社会に向けて、当社グループは気候変動、プラスチックごみなどの環境問題や、人権問題などの社会課題に対しても、事業を通じて真摯に対応しなければなりません。特に、気候変動に関しては、「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)」において、産業革命以前と比べて、世界的な平均気温上昇を1.5℃とする目標に向かって世界が努力することが合意され、当社においても2021年に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同を表明し、主体的な取り組みが欠かせないとの認識を強めています。
2021年、当社グループが長期に目指す姿を「お客さまの暮らしを豊かにする、“特別な”百貨店を中核とした小売グループ」と定めました。日本の誇り、世界への発信力を持ち、高感度上質消費において最も支持される“特別な”存在となれるよう、長期スパンで「三越伊勢丹まち化」モデルを確立していきます。
それは、百貨店を中核としたサービス・コンテンツにとどまらず、まちを構成する機能・インフラをも提供することを意味します。その実現に向けて、全国の拠点やグループ各社を通じて、お客さまにあらゆる接点で継続的につながる仕組みを構築するため、中期経営計画に掲げた以下の3つの重点戦略を実行してまいります。
1つ目が「“高感度上質”戦略」です。社会環境や価値観が変化しても、「豊かな暮らし」「より良い暮らし」をしたい、というお客さまの想いは変わりません。「高感度な消費、上質な消費」をしたいときに私たちがしっかりとお応えし、憧れと信頼を持っていただく。「上質」というと富裕層のお客さましか相手にしないのではないか、と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。
2つ目の重点戦略「“個客とつながる”CRM戦略」ではより多くのお客さまとより深くつながることを目指しています。グループが発行するエムアイカードをお使いのお客さまに加え、現金や一般のクレジットカードをお使いのお客さまでもアプリやデジタルIDを持っていただくことで「個のマーケティング」を実現し、お一人お一人に合ったサービスを提供できる仕組みづくりを進めています。
3つ目に「“連邦”戦略」を掲げています。当社グループはクレジット・金融、建装、システム、物流、人材派遣など様々な会社を傘下に置いています。百貨店グループの中にこれだけの会社があるのは当社だけです。将来的に社会やお客さまの生活の中にもっと深く価値提供をしていくために、グループの総力を挙げた多角的で統合的なアプローチは、とても重要なことだと考えています。
当社グループが目指す姿として掲げる“特別な”百貨店の意味は、こうした一連の考え方を表現したものです。世界にも発信できる、ナンバーワン、オンリーワンの百貨店。
ナンバーワンは、商品もサービスも、一番のものを自信を持ってご提供できること。オンリーワンはお客さまに、三越でないと、伊勢丹でないと…と言っていただけることです。個のマーケティングでお一人お一人のご要望をしっかり伺い、さらに、多様なスキルと経験を持つグループの人財力を連携することで、お客さまのお悩みやお困りごとを感動的に解決し、関心ごとに対し革新的に提案していきます。
そして、環境・社会課題に対しても同様に、お取組先やその他ステークホルダーの皆さまと共に、常に挑戦し続けてまいります。
当社グループは約350年の歴史を通して、いつの時代も常に社会的価値と経済価値の両立を図り、イノベーションを起こしてきました。
時代のなかで事業を通じて育まれてきたのは「まごころの精神」「共存共栄」「あたらしさへの挑戦」といった言葉と共に、我々が受け継ぎ、未来へと継承しなければならない、変わることのない根本精神です。
私たちは根本精神を通じ、つくり手からお客さま、商品が生まれた地域の背景に至るまで、様々な人の“想い”がもたらす有形・無形の価値をつないできました。そして、感性や心を豊かにし、文化の継承や暮らしの発展に寄与してまいりました。また一方で、時代が求めるものを探求し、次世代につながる革新をリードしてきました。それは現在の事業活動、サステナビリティ活動においてもしかりです。
例えば、百貨店事業を中心に取り組んでいる“think good”もその一つです。“think good”を合言葉に、サステナビリティ基本方針にもとづき、①生態系を含む地球環境や、関わる人、社会に配慮した品揃え ②4Rの推進 ③文化・技術・感性の発信 の3つを柱として、本業を通じたサステナビリティ活動として推進しています。
また、2020年より、“i'm green”では百貨店が有するお客さまとの信頼関係をベースにして、お客さまの使用されなくなったお品を買い取り、次へつなぐ資源循環への挑戦を始めました。ふるさと納税事業においても、磨き上げた感性のアンテナで地域の優れた商品を発掘し、地域拠点、顧客基盤、グループ内にある旅行業との連携など、当社グループの強みを活かし、地域振興への貢献と経済価値創造の両立に挑戦しています。
サステナビリティ推進のための重点取り組み(マテリアリティ)は、以下の3つを掲げています。
①人・地域をつなぐ
②持続可能な社会・時代をつなぐ
③従業員満足度の向上
2021年に策定した中期経営計画の考え方、各戦略はこれらと密に連動するものとして実行段階に入りました。重点取り組みを起点に全社全店が一丸となり、実践を進めていくことで、より大きな課題解決に向けて貢献していきます。サステナビリティの重点取り組みも、経営計画も、グループ全体で着実に実施していかなければ目標達成はできません。日々の商売のなかで、どのように取り組んでいくか、従業員の一人一人が自ら考え、実践していくことが重要だと考えています。
このような考えから、人財育成についても重要な課題として大切に進めています。特に、経営マインドを持ってもらいたい、と全ての従業員に伝えています。
そのために昨年来続けていることが「経営層と従業員の対話」です。おおよそ5,800名の従業員と約240回にわたり、トップマネジメントが座談会形式で対話を実施しました。この取り組みには私自身も参加しており、1,660名と26回の対話の時間を設けました。
それも全ては「方針を理解して、腹落ちしてこそ、日々の業務であたらしいことにチャレンジできる」との考えからです。失敗してもいいのです。チャレンジする風土があれば人財はますます磨かれ、価値創造につながると信じています。
また、社長として経営人財の育成にも力を入れています。今後の執行役員の育成について、私から各人に考え方を提示し、執行役員全員のパフォーマンスをどのように上げていくかを明示しています。並行して「塾」のようなスモールミーティングを開催し、議論するなかで個々人の本質も理解するようにしています。こうした執行役員の育成に加え、取締役会のダイバーシティも、企業価値の向上に関わる重要課題です。当社もこれまで多くの企業と同様に社外から女性人財を登用するにとどまっていましたが、2022年に初めて社内女性取締役を任命するに至りました。
引き続き、経営人財の育成強化が必要であり、そのなかで女性比率をより高めることも急務と認識しています。
また、当社グループの従業員には、サステナブルな社会の実現に貢献するCSVの担い手として、一人一人が成長を遂げていくことを求めています。
お客さまと当社グループだけではなく、地域社会、お取組先など、あらゆるステークホルダーの視点と、中長期の視座で価値を生み出し、イノベーションに挑戦し続けることは、サステナビリティ推進であり、あらたな事業を生み育てることでもあります。そして、人財はこのような挑戦の過程で育っていくと思います。
2022年5月にグループ全社の部門責任者が集う、サステナビリティ推進会議を行いました。そこでお願いしたことは、サステナビリティを推進するにあたり、社内外に「浸透」するまで取り組んでほしい、かつ「楽しく」推進してほしい、ということです。当社グループのサステナビリティは社会的責任を果たすにとどまらず、暮らしの豊かさにつながる新しい価値を生み出すことを目指してまいります。
私たちの未来を展望すると、働き方や生活における価値観の変化、デジタル化やリモート環境の浸透などによって、人それぞれの価値観に合った住み良い街への移住といった選択肢が増えてくると考えられます。そして、これまでの都市一極集中型ではなく、都市とローカル経済圏がつながりを保ちながら発展し、新たな「こころの豊かさ」を求める生活スタイルに変化していくのではないでしょうか。
エリアの再開発などによるまちづくり=「まち化」の取り組みも、豊かな未来に貢献する社会価値の提供と位置づけています。特に、新宿や日本橋については単純に百貨店事業として進めるのではなく、エリアの価値向上と当社グループの収益につなげていくことを描いています。例えば、オフィス、レジデンス、ホテルなど百貨店が扱う以外のものを含めて検討します。買物を楽しむ、働く、泊まるなどといったことができる新しいエリアのイメージです。長期スパンで考えていく非常に大きな構想であるため、これまでなかなか具体的な話ができませんでしたが、将来のために、2021年より社内での議論をスタートいたしました。
そうした未来における当社グループの存在は、原点に立ち返ったものとなるでしょう。すなわち、お客さまお一人お一人にまごころをもって向き合い、新しい、豊かな暮らしを提案し、お困りごとを解決することです。それが私たちの存在意義であり、使命です。百貨店は「まちの求心力」となるべく、そのまちが持つ特色を活かした魅力づくりと回遊性の向上に、地域と一体で取り組んでいきたいと思います。未来のまちづくりは、環境に十分配慮がなされ、多種多様な人々が集うコミュニティづくりでなければいけません。そこには当社グループが果たすべき、百貨店の枠を超えた役割があるはずです。
当社グループは海外および全国各地に拠点が広がっています。百貨店を中心にお客さまとのつながりを広げ、クレジット・金融やシステム、建装事業をはじめとするグループ各社が、地元の企業や行政と連動し、地域の人々に豊かさや居心地の良さを提供できれば、まちは人と情報が集まる場に変化していきます。これからの私たちは、三越、伊勢丹、丸井今井、岩田屋が長い歴史を通して培ってきた「のれん」の価値を最大限に活かしながら、拠点である地域と連携した取り組みにより、まちの魅力を発信することで中心市街地の活性化に貢献し、人々が訪れて楽しむ場を生み出してまいります。
私たちのサステナビリティへの取り組みはまだまだスタートラインに立ったばかりだと思っています。環境や人権への取り組みなどは、サプライチェーン全体で、ステークホルダーの皆さまと共に考えなければならない難しい課題です。また、こうした社会課題を取り巻く情勢は日々変化しています。
三越伊勢丹グループは、これからもステークホルダーの皆さまとの対話を通じて、経営として社会に何を提供していくかを明確化し、実効性を高めながら持続可能な未来への取り組みを進めてまいります。
※CAO:チーフ・アドミニストレイティブ・オフィサー
※CRO:チーフ・リスク・オフィサー ※CHRO:チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー
三越伊勢丹グループは、「サステナビリティ基本方針」において、企業の社会的責任を果たすべく、事業活動を通じて様々な社会課題の解決に貢献し、人々の豊かな未来と持続可能な社会の実現を目指すことを掲げています。
2018年度には①人・地域をつなぐ ②持続可能な社会・時代をつなぐ ③従業員満足度の向上 の3つの重点取り組み(マテリアリティ)を特定し、それらの土台として、グループガバナンス・コミュニケーションを掲げ、推進しています。また、社会と企業の持続的成長を目指し、サステナビリティ推進会議および推進部会を運営し、より複合的で連鎖的な環境・社会課題の解決に向けて積極的に対応を進めています。
ここから、各重点取り組みの2021年度までの進捗状況をご報告します。
重点取り組み①「人・地域をつなぐ」では、お客さまの豊かなライフスタイルの実現に貢献すべく、人の想いや感性に触れ合える場所づくりのほか、行政や産業界との協働による文化や伝統の振興、地域に根差した取り組み、未来を担う次世代育成の取り組みなどを行っています。
2019年にスタートした「三越伊勢丹ふるさと納税」もその一つです。当社グループの強みであるマーチャンダイジング力とネットワークを活かし、地域活性化に取り組んでいます。新たな自治体との取り組みを拡大しながら2021年度には扱い高が前年比約235%を達成しました。そのほか、働き手と雇用主をWEB上でマッチングするサービスを提供する「ワンデイワーク」では、労働人口の減少などの課題に悩む東北地域での新規取り組みを開始するなど、グループ各社がそれぞれの強みを活かし、地域の持続的な活性化や豊かな未来へとつながる取り組みを推進しています。
重点取り組み②「持続可能な社会・時代をつなぐ」では、安心・安全な商品やサービスの提供、脱炭素化や省資源化などの環境負荷低減につながる取り組みを推進しています。
その一環として、2018年度に「三越伊勢丹グループ2030年環境中期目標」を策定しました。これは、「2030年度に温室効果ガス排出量50%削減(Scope1/2 2013年度基準)」を目指すものです。また、2019年度には「2050年環境長期目標」を定めました。
2021年度のCO2排出総量は2013年度比42.9%の削減となりました。2020年度は新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言を受けての休業などにより大きなエネルギー削減があったため前年比では増加となりましたが、伊勢丹新宿本店にて、空調エネルギーの使用量従来比50%削減を目標にAIスマート空調システムの実証実験計画を進め、省エネルギー化に新たに取り組むなど、さらなる削減を図っています。
さらに、TCFDの提言に基づく気候関連シナリオ分析と適切な情報開示を行い、上記の具体的な取り組みを含めた積極的な気候変動対応の推進に努めています。
また、生物多様性や水資源などのテーマにおいても、企業が果たすべき役割や情報開示への社会的関心が高まっています。当社グループもこうした動向を注視しながら、持続的な社会に向けて私たちが取り組むべき事項を検討してまいります。
ますます多様化・高度化している環境・社会課題への対応と、安定かつ責任ある調達のため、当社グループは、品質や供給安定性に加えて、倫理的で環境、社会、人権に配慮したサプライチェーンを実現することを調達方針で宣言しています。2021年には、主要お取組先を対象にしたサステナビリティ調達アンケートを実施し、約300社から回答を得ることができました。2022年度はアンケート回答をベースにサプライチェーン全体で課題を特定し、解決が図れるよう対話を行い、お取組先と協働し、持続可能な調達に向けてPDCAサイクルを回していきます。
重点取り組み③「従業員満足度の向上」では、当社グループにとって最大の財産である従業員一人一人が、多様な能力を発揮し、仕事にやりがいと価値を感じ、社会の役に立っていることを実感できるような職場環境づくりを推進しています。
ダイバーシティ&インクルージョンの推進では、女性活躍推進、障がい者活躍推進、LGBTQ+尊重の取り組みなどを進めています。当社グループの2021年度女性管理職比率は31.0%でしたが、2024年度の目標33.0%に向け引き続き女性の活躍の場を拡大すべく、積極的な登用や配置転換を進めています。また、障がい者雇用比率は2024年度の目標3.0%に対して2021年度2.83%と計画に沿った進捗となりました。誰もが活躍する組織を目指し、多様な働き方をサポートする制度の充実だけでなく、従業員の意識変革までを含めた様々な取り組みを進めています。
ライフワークバランスの実現のKPIとして掲げる年間総実労働時間1,700時間台を2021年度に達成したグループ企業の割合は対象となる23社のうち39.1%でした。2024年度にはこれを80.0%とすべく、業務改革による生産性の向上、風通しの良い職場環境の形成に向けた上司との対話、制度を活用した十分な休暇の取得を進めています。
こうした取り組みに加え、あらゆる関係性における日々のコミュニケーションを大切にし、従業員エンゲージメントの向上につなげていきたいと考えています。2022年度は企業理念をテーマに、従業員同士が意見を交わす「対話会」を全社で実施しています。一人一人が自ら考え、自由に意見を交わしながら、互いの価値観を尊重し合う企業風土を築き、企業の持続可能な成長へとつなげていきます。
当社グループは、ガバナンスの実効性と経営の透明性をさらに高めるとともに、コンプライアンスを徹底し、全てのステークホルダーの皆さまから信頼される企業グループを目指しています。その一環として2020年6月に、指名委員会等設置会社へ移行し、経営の意思決定の迅速化や監督機能の強化、内部統制システムの拡充に努めています。移行後2年が経ち、執行役(会)と取締役会との対話の質が高まり、コンプライアンス体制やリスク管理体制についても深掘りした議論がなされています。
また、ステークホルダーとの対話を継続的に行い、幅広く信頼関係を醸成してまいります。新たな対話の機会として、2021年12月には投資家、アナリストおよびメディアに向けたサステナビリティ説明会(第1回)を実施し、2022年度は当社グループ戦略のさらなる理解促進を目的とした事業戦略説明会を開催しました。経営戦略やその進捗状況に関する情報開示を充実させることで、ステークホルダーの皆さまとのエンゲージメントを強化してまいります。
環境・社会課題の深刻さは、企業にとっても重大なリスクと受け止めています。2050年の温室効果ガス排出量実質ゼロという目標達成は容易ではなく、人権課題も迅速な対応が必要と認識しています。短期的利潤だけでなく、長期的な価値創造が求められる今こそ、多様な社会課題の解決に向けて、どのように社会に貢献すべきかを考え、ステークホルダーの皆さまと対話を重ねていきたいと考えています。そして、本業を通じて常に環境・社会課題に応えていくことで、豊かな暮らしに向けた提供価値を最大化し、企業価値の向上を目指してまいります。